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イントロダクション

なぜ、僕という人間はこうなのだろうか。冷笑じみていて、斜めから見ていて、皮肉屋で。それでいて傷つきやすいし、好きな人には甘えられる限り甘える。それなりに真面目だけど、無意味な慣習や、ルールは絶対に守らない。(某NPOで経験したような)感情労働、タダ働きはもう二度としたくないけど、社会に少しでもいいことをしたい。no time for bullshit jobだ。

こんな人間でも友達がいる。好いてくれる人がいる。その人たちは僕のこんな性格を分かった上で、付き合ってくれている。毎日のようにInstagramのミーム動画を送り合う友達もいれば、半年とか、1年おきに近況を聞いてくれる友達もいる。自分なりに豊かな人間関係がある。

では、なぜ、そしていかにしてそれは可能なのだろうか。そんなことが気になり始めた。そしてその疑問は、「人間とは何か?」という問いへと深まっていった。

人間とはなんだろうか。なぜ、人間は他者を好きになるのだろうか。他者を愛するのだろうか。他者を憎むのだろうか。なぜ、人間は学ぶのだろうか。あるいは今日もまた、過去の失敗から学ばずに同じ過ちを繰り返すのだろうか。

僕が専攻してきた社会学に加え、哲学や人類学、文学でもこのような問題は問われ続け、様々な論者が様々に論を展開している。人間は、人間について言及をし続けて歴史を繋いできた。人間とはまさに、オートポイエーシスなのだ。しかし、自分という生の存在理由はそれぞれにある。100人いれば、100の「生きる理由」が存在する。人間探求は学術分野だけの仕事ではなく、生活世界において我々も我々の言葉で、人間について考えてみてもいいだろう。

「Human?」は、あらゆる人が、思いのままに人間について考えたことを言葉をはじめ、様々な方法によって表現するためのメディウムである。

このメディウムは、この世界の中で、何か1つの組織や場所に拘束されることなく、好きなこと、探求したいことを探求し続けるためのマニフェストであり、クリエイティブワークである。大学院生の研究ノートとして、会社員の内省の機会として、あるいはアカデミアとインダストリーに半身ずつ身を置くための場として、書き手と読み手によって異なる受け取り方ができるメディウムである。

そして、このメディウムは、人間とは何か?という問いに、社会学や哲学、人類学、あるいは文学、エッセイ、詩、写真など、様々な方法論で暫定的な答えを提案することが目的である。書き手は書きたいように、思ったままに、思考を表現する。そして、それらの作品は、その根本で、人間とは何だろうかという問いを共有する。

もっと言えば、私という人間はなぜ、その問いに答えを出そうとしているのかという、プロセスそれ自体が人間について考えていて、そのプロセスを示すことで答えようとしているのかもしれない。

〈人間とは何か〉ということを思考の過程で考えた全てのクリエイティヴがこのメディウムの掲載対象となる。私が私自身について書いたエッセイであっても、私という人間の探求であり、それは即ち人間について考えていると言うことができる。あらゆることは人間的であり、また、あらゆるものが掲載対象なのだ。紙という制約の中で、どのようにその思考の形跡を呈示するのかが、面白さを決定する要因になるのではないだろうか。

「Human?」の書き手には、自由に、今考えていることを様々な表現方法で書き記すための場として活用して頂ければ幸いである。