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あなたの箸休めになりたい

 人間とは何か。  ゆーろからお題をもらって、自由に書いてとのことだったので書いてみたのだが、これがなかなかうまくいかない。何度も書いてみたのだが、納得がいかない。  いろんな切り口を考えてみるけど、最後まで書けない。途中でやめてしまう。毎日書いている自分のnoteはさくさく書けるけど、依頼をされていると肩に力が入ってしまう。

 これは結構人間らしいなあと思う。

 なぜこうなるか。まず自分はゆーろに認められたいからであろう。ゆーろに面白いと思われるような文章を書きたい。しかし、ここで問題。ゆーろのことをあまり知らない。ここ数年会っていない。深い関係ではない。これが自分にとってのかなり障壁となっている。なんとなくSNSでしか、活躍は拝見していないのと、大学院に行っていたという情報しか知らず(あと何かの団体の長をやっているとか)、かなりビビっている。  ゆーろとなんの気ない話から、自分がnote書いていることを話したらこの寄稿に繋がった。

 まあでもそしたらゆーろと飯でも行って、話してみたらいいんじゃないかと思うが、それをしたところで書ける保証もないので、今回はこの条件で書いてみようと思う。

 まず、アカデミックな世界にビビっている。自分は大学のゼミも途中でドロップアウトし、卒論すら書かずに大学を卒業している。そのせいもあってかめちゃくちゃゆるい文章しか書けないし、本は基本エッセイや日記のようなものばかり読んでいる。書くときも話し口調だし、書き言葉はあまり身についていない。

 そのあたりから、暗雲が立ち込めている。

 あとは人間とは何かというテーマもよく考えてみるとしっくりきていなかった。考えたことがなかったのだ。人間とは何かと言われても、目の前にある消しゴムとは何かとかと同じ類の質問に聞こえる。

 つまり、人間は人間であり、消しゴムは消しゴムなのだ。  だから、明確な答えがない。主張もあまりない。

 頑張って、何個か人間とは?に対してズバッと答えるようなものも書いてみたが、ダメだった。全然面白くなかったし、書いていても楽しくなかった。

  あのゆーろがZINEを作ると聞いて、そこに寄稿できるって聞いて舞い上がっていた。完成した本を見て、自分の文章がそこに載っていたらかっけえみたいなノリで引き受けてしまったのだが、不安でいっぱいだ。

 そもそもゆーろの友達もすごい人なのではないかとビビっている。  ビビってばっかだ。  その人たちが俺の文章を見て、なんだこれとか言わないだろうか(絶対言わない。変な妄想ですんません)。  書きながらそんなことも考えていた。情けない限りである。

 まあでも一つくらいこんな文章があってもいいんではないかとも思っている。人間とは何かって問いから逃げて、ただひたすら自分の言い訳をしているような文章があったとしても。

 そのZINEのお休みゾーンみたいにしてほしい。

 もしかすると固くて、読むのに時間がかかる文章や専門用語が飛び交うものもあるかもしれないから。  その時の箸休め的な存在でありたい。

 そんな全体のことをすぐに考えてしまう。全体の構成はこうで、その中で自分はどんな役割をするべきなんだろうと考えてしまう。

 周りの目を気にしてしまう。

 人間とは何かについての明確な答えもない上に、ゆーろや周りの筆者の目ばかり気にしてしまうので一向に文章が完成せず、現在の駄文が生まれている。

  まあいいんです。自分が駄文だと思っても、他の人から見たらそうじゃないかもしれないし、駄文だと思われたらボツにしていただければいいので。

 なんかすっごい性格が悪い感じするけど、やっと開き直れました。

 人間とは何かについても少し書いておきます。悩む生き物だと思います。今こうやって書いてきたのも全て悩みです。特に、人からどう思われるかについて主に悩んでいます。自分の尊敬する作家の坂口恭平が人の悩みの全ては「人は人からどう見られているかだけを悩んでいる」と仰っておりました。坂口恭平は毎日死にたい人からの電話を無料で受けるサービスをしているのでそこで集めた情報によるとそうらしいです。 その悩みが自殺にまでつながるのかと驚きましたが、言われてみるとそうかもしれません。 その悩みの解決策を知りたい方はぜひ坂口恭平の躁鬱大学って本を読んでみてください。簡単に言うと、どんな人も人からどう見られているかをめっちゃ気にしているのに、気にしていないそぶりをしている人ばかりなので、結果的に個人が抱える人には言えない悩みになってしまう。しかし、人からどう見られるかを気にするのは当たり前のことなので、毎日トイレに行き、おしっこをしたり、うんちをするのと同じことのように受け入れた方がいい。同じように、「私って人の目めっちゃ気になるんだよね」って話を積極的にしましょう。人から相談されたら、「気にしなくていいんだよ」って言うんじゃなくて、「私も気にしてるよ同じだね」って言ってあげましょうって感じです。

  その通りですよね。僕も尊敬している人やかっこいい人を見ると、いいな他人の目とか気にならなそうでとか思っちゃうんですよ。でもこれからはいいなこの人はめっちゃ人の目を気にした上で、自分をうまく表現しているんだなとか思えたらいいのかなと改めて思いました。ブランディングですよね。どんなにいい商品作っても、ボロッボロのパッケージに入っていてはダメなわけで。  もっと言うと、こう思われたいからこうするって方向もありなんじゃないかなとも思っています。どうしても人の目を気にしていてはダメだって方向に行くと、それでも気にしてしまって落ち込むって結論に行きがちです結論に行きがちですよね。  そうではなく、家族にはこう思われたいからこう接しようとか、この友達にはこう思われたいからこういう服装をしようとか。 一貫性のある自分っていうのもいいけど、限界があるなって。その時々で自分のことを使い分けられたらいいんじゃないかなって最近は思い始めてきました。

 ゆーろ、答えになってるでしょうか?  またじっくりご飯行きましょう。

 この全ての愚痴のような言葉たちを人間とは何かの答えとして受け取ってくれれば嬉しい限りである。

ebina