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人間について考えること

 僕も人間をはじめてもうすぐ26年になる。日本人の平均寿命を考えれば、まだまだ若輩者ではあるが、それなりに人間について考えることも増えてきた。

 例えば、どのようにして人間は分かり合えるのかということ。初めて会う人なのに、どういうわけか話がトントンと進み、盛り上がることもあれば、いつまでも「なんだこいつ」の域を出ないこともある。トントンと話が進んでいく人と会っていると、なんとなく、「この人とは馬が合うな」と思う。文字通り、呼吸が合うように、お互いの思っていることが分かるわけではないが、なんとなく分かっているから、心地よく会話が進む。会う回数を増すごとに、そういう関係になっていく人もいるし、最初からなんとなく、そんな気がする人もいる。特に初対面でそういう人に出会えた時は、ある種の感動を覚える。人間をやっていてよかった!と、心の底から感じる。

 どういう人なら呼吸が合うのだろうか。僕はこれについて、〈コンテクストの一致度〉だと考えている。例えば、僕は自分に正直な人が好きだ。それは単に何でも赤裸々に話す人というだけではなくて、〈呈示したくない自己像〉や、行動や言動の一つ一つに内省的な人だ。だからもう少し丁寧に言えば、自分に正直に向き合っている人と言えるのかもしれない。

 僕がそういう人を好きなのは、共有できるコンテクストの量が多いからだ。僕が悩んできた大抵のことは、そのような人も悩んできたし、それに対してその人なりの暫定解を持ち合わせている。僕はこう考えている、私はこう考えていると、(秘密裏に共有する)コンテクストの上に、会話、あるいはその人の思考の極一部を言葉にしたやり取りによって、呼吸が合う、呼吸が合っていることを実感する。

 そして、多くの場合、そのような人は似た経験をしていることがある。僕は難病を20歳の時に発病した。今でこそ寛解状態にあるが、一時はこのまま死んでしまうことに対して強烈な恐怖を感じた。そして同時に、今進めていた様々なやりたいこと、野望が、病気ごときによって足止めされていることにも苛立ちを覚えていた。誰しもが全く同じ経験をしているわけではないが、僕が分かり合えると感じる人には、その人なりの経験がある。みんな同じように苦しいこと、辛い経験はあるのだけど、特に分かり合えると感じる人にはそのような経験を経て、〈なぜ今、わたしはここにあるか〉ということに対する自分なりの解を明確に持っている。

 分かり合える人がいる一方で、全く分かり合えない人もいる。僕の場合、それは父親だった。父親と分かり合えないことを悟ったのは、中学生の時だった。しかし、そのフラグはさらに昔から立っていた。  思春期を迎えた僕は、父親の存在それ自体というよりも、行動や言動、考え方に対する嫌悪を増していった。母親への接し方も、僕の立場から見れば極めて昭和的だったし、女性それ自体に対しても、どこか見下しているところがあった。僕に対しても、どこか劣った存在と見ていたように思う。〈対等に〉話すことなんて一度もなかったし、(妹とは対照的に)あまり褒められたこともなかった。  歳を重ねるごとに、そのズレは増していった。高校に上がってからはほとんど話すことはなかった。父親が僕をどう見ていたかは分からないが、僕がある種の敬意を感じることはなかったし、同じかそれ以上に父親への憎悪を抱いていた。  そのズレがもはや修復不可能な、粉々に割れた皿のような状態になったのはコロナ禍だった。資本主義社会のお陰で見ることのなかった父親の家庭外での姿を見るようになったことや、緊急事態下での態度、既に当時、難病を発病していた僕への接し方など、その全てが憎悪の対象になっていた。毎日のように喧嘩していた。ここまで話をしても絶対に分かり合えない存在が、血縁関係のある人間にいることに絶望した。

 大学に入学した20年4月頃を境に、会話はもちろん、その姿も僕は見ていない。僕が大学を卒業したことも、大学院に入学したことも、修了したことも、この4月から働くことも、基本的には知らないはずだ。母親や妹がどれだけ僕について話しているか知らないし、知ることに怖さを感じるので聞くこともないが、ほとんどのことは知らないはずだ。こうして、僕の記憶からも、父親の記憶からも、〈分かり合えない相手〉としてのお互いが消えていく。そしてその間にも、お互いには、新たな記憶が積み重ねられている。

 最も尊敬する人は誰か?と聞かれたら、僕には一人しか浮かばない。より厳密には、たくさんの尊敬する人に囲まれているのだけど、強いて一人に絞るなら、僕はその人の名前しか出さない。その人は、20歳くらい年上で、教養があって、思慮深く、まさに、〈呼吸が合う人〉だ。僕はその人に何でも、思ったことや考えていることを話せるし、その人もそれなりに、僕のことを信頼してくれていると思う。それなりに頑張ったことがあると、その人に褒められたいという衝動に駆られることがある。卒論で最優秀賞を受賞することが決まった時も、大学院に受かった時も、就職先が決まった時も、修論を提出した時も、母親と同じタイミングかそれよりも先にその人に報告している。これから先もきっと、何かあれば僕はこの人に真っ先に報告する気がする。

 ふと、その人に限らず、僕が好きな人は年上の男性が多いことに気づいた。プライベートで遊ぶ人、甘えている人も全員年上の男性だ。より厳密には単に年上というわけではなく、自分よりも色々な経験を積んでいる、ある意味で人生の師と思っている人だが。

 僕の大好きな小説家、村上春樹は、小説を書き始めてから父親と絶縁状態にあったという。『猫を棄てる』では、それでも父親の影響を受けていた村上春樹の様子がうかがえる(村上春樹は父親が病床に伏した時期に和解したようだが)。僕が父親(らしき人間)との関係が頭に浮かぶたび、「あの村上春樹にだって、どうにもならないことだってあるんだから仕方ない」と考えてしまう。

 サザン・オールスターズやThe Beatlesを好んでいた父親、同じくサザンやThe Beatlesが毎年Apple Musicの年間ベストにランクインする僕。ワイドショーや日本のドラマを嫌っていた父親、は母親がワイドショーや日本のドラマを観ていると消したり、馬鹿にする僕。商科大学を出た父親、東京商科大学にその起源を持つ一橋大学大学院を出た僕。海運会社に勤めていた父親、海洋振興を主な業務とする日本財団で働き始める僕。

 人間とは分かり合えない。僕はそう信じていたいだけなのかもしれない。

上野裕太郎